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大津地方裁判所 昭和48年(ワ)95号 判決 1973年11月08日

原告・反訴被告(以下原告と呼称) 東南商事株式会社

右代表者代表取締役 林以徳

右訴訟代理人弁護士 信正義雄

被告・反訴原告(以下被告と呼称) 孫順愛

右訴訟代理人弁護士 柴田定治

主文

被告は原告に対し金一七〇万八、五〇〇円およびこれに対する昭和四六年一二月二三日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

原告は被告に対し、被告が第一項の金員を支払うのと引換えに別紙目録記載土地につき昭和四六年一一月四日売買による所有権移転登記手続をせよ。

被告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

被告は原告に対し金一九三万円およびこれに対する昭和四六年一一月二六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴、反訴とも被告の負担とする。

との判決と本訴請求につき仮執行の宣言。

(被告)

原告の本訴請求を棄却する。

原告は被告に対し、被告が金六〇万一、〇〇〇円を支払うのと引換えに別紙目録記載土地につき昭和四六年一一月四日売買に因る所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は本訴、反訴とも原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

(1)  原告が土地売買を業とする会社であるところ、昭和四六年一一月四日(以下同年中の日時については、年度数省略)被告に対し本件土地を代金四四三万円で売渡し、そのうち二五〇万円を受領し、残代金一九三万円の支払期日が一先ず一一月二五日と約されたこと。

(2)  右売買契約において原告は被告に対し同じく一一月二五日までに(イ)地積訂正(登記簿上の記載を実測面積に符合させるべく更正の手続をとること)と、(ロ)第三者の抵当権設定登記を抹消して所有権移転登記手続ができるようにすることを約したこと。

(3)  本件売買契約について違約の場合は売買代金の三割の損害金を支払う旨の損害金支払約款が存すること。

(4)  原告は右(2)の義務を期日に果さず(イ)については一二月二二日、(ロ)については一一月二九日にこれを完了したこと。

二、そこで、被告は右(3)に基づき原告に対し一三二万九、〇〇〇円の損害金支払請求権を取得したと主張し、原被告間に、右約束の性質および本件についての適用の有無につき争があるので判断する。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1)  本件売買契約に先立ち、一〇月一二日被告は原告から本件土地を同じく代金四四三万円、手付金一〇万円、中間金二四〇万円、残代金一九三万円は一一月一〇日に登記および引渡と同時に支払う約で買受けた。なおこの売買契約も本件売買もすべてその契約ならびにその処理に関する行為は、被告については夫の柳乗浩が代理してなしたものである(しかし、本件ではその代理権については何ら問題がないので、以下認定では便宜「被告」の所為として表示する。)。

右売買契約においては、本件土地の地積は当時の登記簿の記載どおり一七九平方米とされて契約書上もその様に表示され、且つ土地については何ら法律上の負担もないものと考えられていた。

(2)  しかるに原告において調査の結果、一〇月二〇日頃になって、実測地積は一八八・八二平方米であり、且つ訴外川崎信用農業協同組合を権利者とする抵当権が設定されていることも判明した。

(3)  被告は一一月四日、右中間金を支払うべく原告係員勝見正二に面接したが、勝見から右(2)の事実があるので、一一月一〇日には負担ない形で所有権移転登記を完了することが間に合わないと聞かされた。しかし被告は既に一一月一〇日に本件土地の引渡が受けられるものと思って、建築の手筈も整えており、今更、これを遅らされることは、大いに不満であった。

(4)  そこで、双方協議の上、同日一先ず右売買契約は解消し、改めて契約書上も実測面積に合わせた新たな売買契約(本件売買契約)を締結し、さきの手付金と同日用意の中間金とを新契約の代金(手付一三〇万円、中間金一二〇万円)に充当し、残一九三万円は新契約の履行日に支払うこと、原告はその履行日迄に地積訂正と抵当権抹消を完了することを約し、その履行日は、原告において抵当権抹消につき抵当権者の承諾を得なければならないことと、地積訂正は市道が隣接しているので市吏員の境界査定を受けなければならないことのため、相当の日時が予測されたが勝見においてこれを一一月二五日迄には完了するであろうとの見込を立てて、被告の承諾を得てその日に決した。

(5)  しかし被告は前記の様に建築準備を進め、一一月二五日まで引渡が延期されると相当の損害を受けるので、とくに右履行日に先立って即時引渡しを受け地上に建築着工することの承認を求め、原告(勝見)もこれに応じた。なお、原告会社の方針としては通常買主の資金繰りの事情からだけでは代金完済前に引渡をすることはしていない。

(6)  そこで、本件売買契約についての契約書が作成されたが、被告は先きの売買契約書が原告の手落ちで解消されて新たに本件売買契約を締結するに至った事情から右(4)(5)の特約につき、原告の履行と承認を確保する目的で、右書面上にこれを挿入することを要求し、勝見においてこれを承けて、契約書の末尾特約の項の余白欄に「一、公簿面積一七九平方米であるが実測面積は一八八・八二平方米であるため登記は一八八・八二平方米に地積変更の上所有権を移転すること。二、契約以後登記の如何にかかわらず買主の都合により建築着工を認める。三、抵当権抹消並に残金受領と同時に所有権の移転登記をすること」と付記した。

(7)  右契約書は通常原告が顧客との取引に使用する原告に備付の用紙を利用したものであって、被告援用の本件損害金支払約款は不動文字で「一、甲(買受人)が乙(売渡人)に対し本契約を不履行なしたる場合は乙に対し契約金額の参割を損害金として支払うものとする。一、乙が甲に対し本契約を不履行なしたる場合も同じく乙は甲に対し契約金額の参割を損害金として支払うものとする」と印刷されている。

(8)  原告は右約旨に従い一一月一七日迄に抵当権者の承諾を得、いつでも抵当権登記を抹消できる手筈を了えたが、地積訂正については一一月一一日頃大津市へ境界査定の申出をしたにも拘らず、市吏員の立会が遅れ一一月二五日迄にその履行ができなかった。

(9)  被告は一一月二五日残代金を用意して原告に登記を求めたが、右地積訂正ができていないため、残代金の支払を留保した。その際原告(勝見)は抵当権についてはいつでも抹消できる旨を告げたが、地積訂正の遅れについては充分な説明が尽されなかった。

(10)  原告は一〇月二九日抵当権を抹消し、一二月二〇日になって漸く大津市吏員の立会査定を得、一二月二二日に地積の更正登記手続を了した。そこで一二月二三日原告は被告に対し、所有権移転登記手続の準備が整った旨を告げて残代金の支払を催告したが、被告は応ぜず、かえって一二月二七日になって六〇万一、〇〇〇円の小切手を提供して所有権移転登記手続を求めたが、原告において応じないまま、本訴になった。

(11)  被告は一一月四日直後本件土地の引渡を受け、建築に着工、一二月初めに竣工し、同月七日保存登記をなして昭和四七年の正月を新居で迎えており、同年五月には夫柳乗浩の債務のためこれを担保に供してもいたが、その後右建物は昭和四八年三月火災に遭ったが、土地は引続き占有している。

≪証拠判断省略≫

三、右事実関係の下において、右損害金支払約束に関する原被告指摘の法律上の争点につき判断する。

(一)  前認定の事実によれば、抵当権抹消の義務については、原告は約定期日には手続上可能な状態として、同日その旨を被告に告げているのに、被告が地積訂正の遅れを理由として残代金の支払を留保したため、その日に抹消の運びに至らず、四日後に抹消手続を採ったのであるから、原告の責に帰すべき履行遅滞があったとみることはできない(被告は右損害金支払約束は民法四二〇条一項の賠償額の予定であるが故に、債務不履行についての帰責如何を問題とする必要はないと主張するが、同条項が適用せられるについても、他に特段の定めのない限り、その不履行は債務者の責に帰すべき事由による場合たることを要するものと解する。)。

しかし、地積訂正の遅れについては、その直接の原因は大津市吏員の立会が遅れたことによるも、原告(勝見)においても、それが一一月二五日迄に完了するとの見込を立てて同日を約したもので、もっと慎重に履行日を先に約定することも可能だったのだから、結局約定日に間に合わなかったことは原告の見込違いというべく、その不履行につき原告の責に帰すべき事由も存するといわなければならない。

(二)  そこで、右約定が被告主張のように民法四二〇条一項にいわゆる賠償額の予定としてなされたものであるかどうかにつき考えてみる。(前記原告の再抗弁(反訴請求原因に対し抗弁)二の主張はこれを争う趣旨を含むものと解する。)

違約金の定めは一応賠償額の予定と推定される(民法四二〇条三項)。しかし、賠償額を予定する目的が、義務不履行の場合に債権者に損害の発生およびその額についての立証を免れしめることにある点から考えると、通常当事者が賠償額の予定を為すのも初めから当該義務の不履行により相当の損害発生の蓋然性が存するため、双方がこれを念頭において、後日その具体的損害の発生およびその額についての紛争を避けるべくその予定をするとみるのが相当であって、義務違反があっても当初から右義務違反からの損害発生の蓋然性が全くないか、極めて乏しいことが明らかな場合には、右損害についての紛争の発生も予想されないのであるから前記推定を覆えして、その違約金支払約束は、賠償額の予定としてではなく、単に間接に義務履行を強制するための違約罰の定めと解するのが相当である。

これを本件についてみると、右地積訂正の遅れによって、被告について具体的にも何らかの損害が生じたとみられないばかりか、約定の当初においても、既に土地の引渡を受け、建築を許される被告において、地積訂正が一ヶ月程度遅れることがあったとしても、そこに何らかの損害が生ずることは殆んど予想されなかったものと認めて差支えないから、本件損害金支払約束は、原告の本件地積訂正の遅れという債務不履行(履行遅滞)については、賠償額の予定としては働かず、単なる違約罰の定めとして働くものと解すべきである。約定に「損害金」の文言を使用していることは、右判断の妨げとならない。

(なお、付言するに、賠償額の予定においても、発生が予測される損害に比し、予定額が著しく過大であって、その権衡を失することが明らかな場合は、法の予定する賠償額の予定の機能を超えて債権者に不当な利得を与えるものとして、その様な賠償額の予定約款は公序良俗に反して無効であると解すべきところ、本約定は、右のとおり地積訂正の遅れの義務違反との関係では、その予測される損害が殆んど絶無に近いのに売買代金額の三割という明らかに権衡を失する過大な賠償額を予定しているものであるから、あくまでこれを賠償額の予定とみるときは無効とせざるを得ない。)

(三)  そこで本件損害金支払約束を違約罰とみて被告の抗弁の当否に判断を進める。(この点被告から明示に違約罰としての援用はないが、本件損害金支払約束の援用は一つの事実主張であるから、これを賠償額の予定とみるか違約罰とみるかは法律判断となるので、当裁判所がこれを違約罰とみる以上、なおこれを前提に被告の相殺の主張の当否を判断すべきものと解する。)

まず、原告から「例文」の主張があるが、前認定の事実によれば、二度目の契約であることなどから、被告において履行強制の念が強かったことはもっともと思われるので、これを単なる例文とみることはできない。

しかし、いわゆる違約罰は一種の私的制裁にあたるものであるから、その適用上私的自治の原則が大巾に修正されることは免れないのであって、その義務の強制によって達せられる債権者の利益に比し、約定された罰が過度に重きに失するときは、その一部又は全部は公序良俗に反し無効となすべきである。これを本件についてみると、本件義務違反(地積訂正の遅れ)に対し、売買代金の三割相当の違約罰は明らかにその点の権衡を失し、その全部を有効とすることはできない。しかし、前記約定の事情等から、その全部を無効とすることも相当でないので、当裁判所は前認定の全事情を考慮し、売買代金の五分の範囲まで有効と認め、その余は無効とする。

原告の信義則違反の主張は、右有効と認められる範囲内においての援用を不当とすべき理由はないので採用できない。

四、以上の次第であるから、被告の相殺の抗弁は二二万一、五〇〇円の限度において理由があるが、その余は失当として排斥を免れない。すると、原告の本訴請求は一七〇万八、五〇〇円とこれに対する原告が完全な履行の提供をなし了えた日である昭和四六年一二月二三日以降支払済まで年六分の割合による商事法定遅延損害金との支払を求める限度においては正当として認容し、その余は失当として棄却し、被告の反訴請求は右金員の支払との引換えを限度として認容し、その余(被告主張の金員の支払と引換えにこれを求める限度)は失当として棄却すべきものである。

よって、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付せざることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 潮久郎)

<以下省略>

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